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鴨川市の中心地。前原海岸はサーフィンのメッカとしても有名。
商業施設なども多く集まっている地区で,お買物にも便利です。

西福寺

西福寺本堂欄間 「大黒・福禄寿・毘沙門天」 安永6年6月(1777)製作
西福寺本堂欄間 「大黒・福禄寿・毘沙門天」 安永6年6月(1777)製作 この欄間の裏面には刻銘が確認されており、初代伊八が26歳の時に弟子の磯八と製作したことが判明しています。磯八はこの時17歳であったこともわかっています。毘沙門天が矛を立ててどっしり構えています。その横にいる唐子はひょうたんを持っていますが、その中には酒が入っているか、あるいは飲み干してしまったか。福禄寿がそのひょうたんをばちで叩くような姿をしています。福禄寿は鹿と組み合わせて表現されることがありますが、もしかしたら、福禄寿が手にするばちは鹿の角、腰あての布は鹿の子摸様と解釈できるのかもしれません。 右端では大黒が打ち出の小槌を振り上げています。その足もとの俵には大黒の使いとされるねずみの姿も見えます。
西福寺本堂欄間 「布袋・寿老人・弁財天・恵比寿」 安永6年6月(1777)製作
西福寺本堂欄間 「布袋・寿老人・弁財天・恵比寿」 安永6年6月(1777)製作 弁財天の琵琶と恵比寿の笛の音にあわせて、右端の布袋が楽しげに踊っています。その様子を見ながら寿老人がご満悦で酒を飲んでいるようです。布袋の足もとの植物は花と葉の形からバラと判断することができます。恵比寿の足もとの鯛は、尾びれから頭の先まで遠近法的に理にかなった表現がとられ、奥ゆき、立体感を十分に感じさせます。26歳の伊八は立体感・ボリューム感を伴う巧みな人物表現を既に身に付けていることがうかがえます。布袋が背負う袋・弁財天や唐子の顔の白色は後年に施されたものと推測されます。
西福寺本堂欄間 「竜」 安永6年6月(1777)製作
西福寺本堂欄間 「竜」 安永6年6月(1777)製作 波間から大小の宝珠が湧き出でいます。まるで宝珠が波にもまれて成長する過程を表現しているかのようです。 その宝珠を、竜が三本の指を大きく広げて、今まさにつかみ取ろうとしている瞬間が表されています。こうした図柄は伊八が手がけた竜の中でも珍しいものです。「珠とりの竜」と解釈してもよいのかもしれません。竜の腹と火炎部分に塗られた色彩は後世のものと推測され、製作当初とは異なる印象を与えている可能性も否定できません。
 
  • MAP
  • ●文化財指定 等
  • 本堂の欄間 武志伊八郎信由作 「波に竜の図」1点「七福神の図」2点
    (鴨川市の有形文化財指定)
  • ●伊八作品
  • 波に龍・七福神(初代・伊八26才作品)
  • 西福寺は、曹洞宗の寺院で由緒は不詳であるが、「寺院明細帳」には永禄2年(1559)長安寺(市内)五世・続翁和尚が創建とある。欄間の裏には「同郡(長狭郡)下打墨住、武志伊八、行年二十六歳、同弟子磯八、干時安永六年丁酉六月」と刻まれている。明治末、伊藤左千夫、斉藤茂吉などととも親交のあったアララギ派の歌人・古泉千樫(鴨川生まれ)が隣接する小学校の教師をし、一時寄宿していた寺でもある。千樫は後にこの寺の住職の奥さんを、自分の妻として迎える。

[最寄駅] 安房鴨川駅
JR内房線・外房線 安房鴨川駅下車 タクシーで約10分

おすすめコメント
西福寺は曹洞宗の寺院です。本尊は阿弥陀如来です。永禄2年(1559年)に長安寺の五世続翁和尚の創立といわれております。本堂の欄間には、「波の伊八」作の波に竜の図1点と七福神の図2点の彫刻があります。鴨川市の有形文化財に指定されています。
住所 千葉県 鴨川市 竹平355
TEL04-7093-3800  
アクセス ■ JR内房線・外房線 安房鴨川駅下車
タクシーで約10分
■ 館山道君津ICより鴨川有料道路経由県道24号線から竹平方面へ
パーキング  
文化財指定等本堂の欄間 武志伊八郎信由作 「波に竜の図」1点「七福神の図」2点
(鴨川市の有形文化財指定)